不思議の国のアリス展

 アリスという存在は、王様の見ている夢の中の登場人物に過ぎないらしい。王様とはルイスキャロル本人のことであり、同時に彼が自己投影した 、アリスのお姉さんを指しているようにも思える。
 涙の海を泳ぐ動物たち、体を乾かすカツオドリ、愉快ないきものが入り混じり、皆んなで火を囲んで踊っていた。陰鬱なコントラストの美しい、うさぎの人形と挨拶するアリスや、十歳にも満たないであろう、少女の横顔などの写真群を眺め、噂とは反して作者はロリコンでない事実を思い出す。少女があの日、あの場所で、彼に彼の語る物語を文章化するように頼まなければ、きっと心霊主義思想に傾倒した数学者として名を馳せていたのであろう。彼はまだ幼い三姉妹によって、また昼間の川から反射する太陽光によって、自身の創造する夢想世界を我々の元へと顕現せしめた。つまりは『地下の国のアリス』から始まる、一つの潮流は偶然による産物であり、フロイト博士の言う「エス」の働きが関連していると捉えることもできよう。
 エスとは、ドイツ語における代名詞、三人称単数のうちの「それ」と訳すことの可能な名詞であり、彼ら心理学者によると、我々は或る対象を認識した際に、まずはエスへと思考判断を委ねられ、その観測不可能な概念によって情動を引き起こすといわれている。以前、何かで目を通した「個人の有する精神に名をつけることで、それは霊と呼べるものに変わる。」 と関連した発想のようにも思える。果たしてこれがフッサール現象学へと関連づけられた問いなのかは知らない。しかしながら、今のところ自分にとっては信頼に値する。夢想家ならば共感する人が多いのでは。エスはそこら中に偏在し、僕らが世界を認識する際の媒介として役割を担っているのでは、と。
 楽しいお話に花を咲かせることは僕の力量では成しがたいので、ここで人形についての感想を綴ろうと思う。清水真里さんの作品だが、やはり精巧な作りの人形には、何かが潜んでいるような錯覚を引き起こす効果があるらしい。開いたままの瞼を見ていると、そっと閉じてあげたくもなる。彼女はいつも目を見開いているのだから、時々は夢を見させてあげてもいいのではと。人形の見る夢には、無機質で冷たい世界が広がっているのだろうか。鉱物と人間の境界に住う、話すことを知らぬ存在。もっとも重要なのは、「それ」に名前をつけることのように思えた。

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